人事考課、「ちゃんとやれる」ものであれば、それに越したことは無いのかもしれませんが、
ちゃんと出来ないのに体裁だけ取り繕ってやろうとするが為に
「やらない方がマシ」な状況を生み出したりしてしまうのかなぁと思います。
少し前、成果主義を一部取りやめたり、制度を変更したりと、
一時期こぞって導入された成果主義が見直されるような、
さまざまな動きがあると、 人事部も右往左往して大変だなぁと組織運営の難しさを感じます。
かといってアメリカのように完全にポジションごとにExpectされている業務を固定してしまうのは、評価はしやすいのかもしれませんが、逆に融通が利かない部分が出てきてしまう。
どんな制度でもバランスを取るのが重要ということでしょうか。
人事考課を正しく行なうのは非常に難しい。
実力主義になってきたとはいえ、日本ではアメリカのような絶対評価は少なく、
まだまだ相対評価が主流でしょう。
いずれにしても管理者が部下を評価する際、
評価する側の主観的な見解が少なからず影響している場合が多く見受けられるのではないだろうか。
営業などの職種であれば、一部でも数字で個人の業績を判断できることから、
評価基準もある程度明確になってくるかもしれないが、
研究開発、管理・間接部門に至っては、
よほど画期的なことをしい限り個人の業績の判断が非常に難しい。
評価する側からみてドングリの背比べの状況であれば、
主観的な要素が入る余地があるだけではなく、
評価の良し悪しが単にローテーションするだけになってしまうかもしれない。
(優劣を付けなければ評価する側の資質を問われる場合が多いようなので、
同評価を与えることは少ないようです。)
それもこれも、評価する管理者の立場である者が、
客観的に個人を評価できる素地を備えているかどうかに関わるのかもしれない。
ともすれば「あいつは頑張っている」だとか、
結果はどうあれ「よくやった」 というような曖昧な基準で判断され、
理由を後から付け加えるということも しばしばでは無いだろうか。
そうならない為には、やはり管理者への教育やMBO(目標管理)などを徹底することが重要であろう。
主観的な基準が入らない絶対的な評価が拮抗するような場合には、
好き嫌いで判断するのではなく、対象者の意欲や態度、考え方を評価に入れるほうが
理に適っているような気がする。
例えば、直接業績には結びつかなくても自己のキャリアアップの為に勉強していたり、
業界や競合企業などの情報を積極的に収集する学習意欲など、間接的な部分である。
それらは、今後の本人のモチベーション向上、
さらには将来の会社への貢献を 期待できるという意味でも評価に値する部分かもしれない。
しかし、ここで注意したいのはその考え方や行なっていることが、
その組織の向かう方向と一致していることも重要だということ。
闇雲に資格の勉強などをしているからというのではなく、
何か目標や目的を 持って行動しているかどうかである。
いずれにしても、評価する立場にある人間は、
評価される側のモチベーションを 維持、向上はもちろんのこと、
管理下にある限り、今後進むべき最高の道を 念頭に置きながら導くことがもっとも重要な仕事である。
そのように管理者としての仕事をし、部下の行いを把握している限り、
評価の段階で迷うことなどないのではないか。