「規範的と実証的」
これを意識せずに情報を取り入れていると、全てが事実かのように思えてしまうことがあります。
事実と思い込んでいたことが、他のソースから情報を得ると事実ではなかったり・・・
厳密に区切るのは難しいと思いますが、少し意識してみるのも面白いのではないでしょうか?
分かり易い言葉に例えると・・・
「主観的な意見」(規範的)と「客観的な事実」(実証的)というところでしょうか。
新聞やテレビ番組、インターネット・・・ 現代社会はさまざまな情報で溢れかえっています。
人はその中から、興味がある話題、役に立つ情報、または、ネタになりそうな記事など、
識的または無意識のうちに頭の中に取り入れています。
ここで、重要なのが、その情報が
主観的な「意見」なのか?
客観的な「事実」なのか?
この二つを正しく切り分けて理解することです。
「主観的な意見」というのは、あくまでも個人の見解であり、
反対に、「客観的な事実」というのは、誰が見ても明らかな事実のことです。
個人の「意見」は時には事実に基づいているかもしれませんが、
実際には事実を通り越した内容も多々あります。
そんなこと、わざわざ考えなくても分かっているよ!
と思われがちですが、実際どうでしょう?
たとえば・・・
少し古い話ですが、
「不良債権処理のためにA銀行に公的資金○○億円注入!・・・こんなにも多額の国民の血税を・・・」というニュース。
まず、「A銀行に○○億円の公的資金が流れた」ことは客観的事実です。
では、「こんなにも多額」というのは事実でしょうか?
確かに個人の身近な単位と相対的に考えると、膨大な金額だと思って当然です。
それが事実で、「こんなにも多額」=「多すぎる」と考える人ばかりであれば、
「○○億円の公的資金注入」ではなく、「○億」だったかもしれません。
その金額が大きいのか小さいのかというのは視点の違いもあり、
市場が決める要素も強いため、事実とは別の議論なのです。
もし当時それだけの金額を使わなければ、現在のような復活は無かったかも知れませんし、
逆に、もっと注入していれば、景気回復が早まったかもしれません。
決まったことを取り上げて大きい小さいというよりも、
少なからず無駄にされているであろう他の税金なども「事実」として取り上げて欲しいものです。
テレビなどではこの「意見」の部分が強く現れる場合があるので、
「事実」だけを「事実」として捉えた上で総合的な情報を得ることが重要ではないでしょうか。